個人的今年の漢字 ―「失」 ― 2018/12/30
2018年は、いろいろなものを失った1年であった。
6月から10月にかけて、電気製品が次々と故障した。9月には、生きかたに関心と共感とを寄せていた樹木希林さんが亡くなった。11月には母方の祖母 ― 樹木さんの面白さを教えてくれたのは、この祖母だった ― が死去した。12月には、これまで抱えていた、とある仕事を引き受けないことになった。
祖母は数年来、寝たきりであり、晩年はコミュニケーションもほとんど取れず、栄養も鼻からチューブで摂取する状態に置かれていた。8月に見舞った折、、最後の面会になるかもしれない、と周囲からは言われていたし、9月末には、母から「覚悟しておけ」と伝えられていたこともあり、死去の連絡を受けるまでは何かと落ち着かなかった。引き受けなくなった仕事についても、今年の春以来、続けるか否か、迷い続けていたものであった。率直にいって、心配の種、悩みの種がなくなり、吹っ切れたことは否定できない。もっとも、「吹っ切れた」といっても、能天気な性格ゆえ、それほど自分の中で大きな変化が起きたわけではないのだが。
そんなこんなで、2019年は、仕切り直しということになりそうである。あ、「仕切り直し」は毎年言っているか。
6月から10月にかけて、電気製品が次々と故障した。9月には、生きかたに関心と共感とを寄せていた樹木希林さんが亡くなった。11月には母方の祖母 ― 樹木さんの面白さを教えてくれたのは、この祖母だった ― が死去した。12月には、これまで抱えていた、とある仕事を引き受けないことになった。
祖母は数年来、寝たきりであり、晩年はコミュニケーションもほとんど取れず、栄養も鼻からチューブで摂取する状態に置かれていた。8月に見舞った折、、最後の面会になるかもしれない、と周囲からは言われていたし、9月末には、母から「覚悟しておけ」と伝えられていたこともあり、死去の連絡を受けるまでは何かと落ち着かなかった。引き受けなくなった仕事についても、今年の春以来、続けるか否か、迷い続けていたものであった。率直にいって、心配の種、悩みの種がなくなり、吹っ切れたことは否定できない。もっとも、「吹っ切れた」といっても、能天気な性格ゆえ、それほど自分の中で大きな変化が起きたわけではないのだが。
そんなこんなで、2019年は、仕切り直しということになりそうである。あ、「仕切り直し」は毎年言っているか。
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