「先生、ハタチの尾高のモーツァルトを聴いてください」「まあ、悪くないね」2017/12/14

2017年11月22日(水)
フェスティバルホール
大阪フィルハーモニー交響楽団
第513回定期演奏会

指揮:尾高忠明

W.A.モーツァルト「交響曲第39番・40番・41番」


プログラムに、「やっとハタチ!」と題された、この日の指揮者・尾高忠明のエッセイが掲載されている。

大学卒業を控えた尾高が師・齋藤秀雄に呼び出され、一応、「おめでとう」と祝福されはしたものの、「22歳では音楽はわからない」「30歳になるまでは仕事も来ない」「30歳になったら選ばずに仕事しろ」「40歳になったら一つ一つの仕事の内容を高めていけ」「50歳になってようやく指揮者としてヨチヨチ歩きがはじめられる」と延々訓戒を与えられ、やけ酒をあおることになった、というのである。

ちなみにこのエピソードはかつて、日フィルの楽員が運用していたウェブサイトでも紹介されていたのだが、現在、このサイトはなくなっている。そこでの話によると、齋藤の訓示(?)には、同期卒業の井上道義も同席していたという。

さてさて……この日のプログラムを見たとき、「えっ、フェスティバルホールでオール・モーツァルト?」と思ってしまったことを白状しなければならない。ホールの規模を考えるなら、ザ・シンフォニーホール、いずみホール(後者がベストであろう)でやるべきプログラムでは、と(もっとも、1996年1月19日に、若杉弘指揮の旧フェスティバルホールの定期で同じプログラムを取り上げたことがあったようだが)。ホールの広さもあってか、最近のモーツァルト演奏では比較的珍しい、39番・41番は14型、40番は10型という大きめの編成と相成った。

しかし、演奏がはじまってみると、バランスのよさに驚かされた。厚めの響きで、モーツァルトというよりも、むしろベートーヴェンを連想させるところもあったが、とにかく、各パートの音が明瞭に聞こえてくる。特に、最初の39番にこの傾向は顕著で、これほど明晰なモーツァルト演奏は、はじめての経験だった。当分、モーツァルトのシンフォニーは聴かなくてもいい、と感じたほど。

さて、齋藤秀雄は「モーツァルトが一番好き」と公言し、演奏に際してはそのスタイルに注意を払うよう促していたという(中丸美繪『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』新潮文庫、2002年、451ページ)。尾高は前述のエッセイで指揮者は50歳から、という齋藤の教えを心に抱いてきた自分は今月70歳になり、指揮者としての成人式を迎えた、と語り、最後に「先生、ハタチの尾高のモーツァルトを聴いてください」と呼びかけている。おそらく齋藤は、「まあ、悪くないね」と、齋藤としての最高の賛辞を送ったのでは、と想像(妄想?)する。

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