【訃報】ニコラウス・アーノンクール ― 2016/03/07
20年ほど前の学部生時代、「モツレク」の版の違いに凝っていたことがある。発売されているほとんどの版のCDを購入したが、フランツ・バイヤー版の一枚が、ニコラウス・アーノンクール指揮、コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンのもの(TELDEC、1981年録音)だった。
はじめて聴いたとき、そのとげとげしさに驚いた。山岸氏のウェブサイトでも触れられているとおり、「「Rex!」の3回の叫びが短くて、拍の中に「ks」の子音が収められているところ」「キリエおよび終曲のフーガの最後の音をディミヌエンド」させているところは衝撃的だった。拒否反応を起こすまでには至らなかったものの、「自分の好みではない」と判断して、その後、ほとんど聴くことはなかった。誰のものであったかは記憶にないが、「奇矯」というアーノンクール評に、むしろ納得したものである。2000年のウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートを聴いたときも、その印象は変わらなかった。
しかし、J.S.バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、ヴェルディと録音を聴き続けることで、マイナスイメージは払拭されていった。商売柄(?)、学究的な演奏家を好む傾向が強いこともあり、演奏それ自体というよりも、作品と向き合う姿勢そのものに感銘を受けたことが大きい。モーツァルト演奏に見られる「とげとげしさ」も、必然的な帰結の一つとして捉えるようになった。
あの1981年のモツレクは、その後、映像が発売されたこともあり、手放してしまった。とはいうものの、未だこの映像は手にしていない。今度、「「Rex!」の3回の叫びが短くて、拍の中に「ks」の子音が収められているところ」「キリエおよび終曲のフーガの最後の音をディミヌエンド」させているところを耳にしたときには、どのような印象を受けることになるのだろうか。
はじめて聴いたとき、そのとげとげしさに驚いた。山岸氏のウェブサイトでも触れられているとおり、「「Rex!」の3回の叫びが短くて、拍の中に「ks」の子音が収められているところ」「キリエおよび終曲のフーガの最後の音をディミヌエンド」させているところは衝撃的だった。拒否反応を起こすまでには至らなかったものの、「自分の好みではない」と判断して、その後、ほとんど聴くことはなかった。誰のものであったかは記憶にないが、「奇矯」というアーノンクール評に、むしろ納得したものである。2000年のウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートを聴いたときも、その印象は変わらなかった。
しかし、J.S.バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、ヴェルディと録音を聴き続けることで、マイナスイメージは払拭されていった。商売柄(?)、学究的な演奏家を好む傾向が強いこともあり、演奏それ自体というよりも、作品と向き合う姿勢そのものに感銘を受けたことが大きい。モーツァルト演奏に見られる「とげとげしさ」も、必然的な帰結の一つとして捉えるようになった。
あの1981年のモツレクは、その後、映像が発売されたこともあり、手放してしまった。とはいうものの、未だこの映像は手にしていない。今度、「「Rex!」の3回の叫びが短くて、拍の中に「ks」の子音が収められているところ」「キリエおよび終曲のフーガの最後の音をディミヌエンド」させているところを耳にしたときには、どのような印象を受けることになるのだろうか。